関口貴夫の筋トレ塾長日記

本日からまたよろしくお願いします! 2015/12/12

こんにちは!関口です。
本日よりブログ復活!

数年間毎日更新してきたブログが急に途絶えたので、もしかしたらご心配をお掛けしてしまったかもしれませんが、安心してください。
私は元気ですよ。

実は今月7日の月曜に母が亡くなりまして、そのために急遽実家に帰省することになりました。

母は数年前からガンを患っており、その治療のため入退院を繰り返しておりましたが、ガン細胞の転移や進行は恐ろしいスピードで母の生命を削り取っていきました。

母は最後の数週間何も食べられず、何も飲めずで点滴だけで生きているような状態でした。
正直なところ「このまま苦しみながら生きるのならいっその事…」と思いました。

最後の瞬間は叔父が看取ってくれました。

私の叔父…つまり母の兄と母は小さな頃からお互いに助け合って生きてきたそうで、母が入院してからというもの、叔父は常に泣き笑いのような顔をしていました。

そんな叔父ですから、通夜の席でも葬儀の場でも目を真っ赤にして泣くのでした。

一方で私は最後まで涙一つも流れず、我ながら冷たいもんだと思いましたが、突然涙腺が崩壊する瞬間が3回だけありました。
1回目は妻のお姉さん。

母とは友達のように付き合ってくれて、私自身も本当の姉のように仲良くさせてもらっているのですが、そのお姉さんが通夜に着くなり既に大泣きしており、それを見た瞬間何故か私も泣いてしまいました。お姉さんと会ったら安心して緊張の糸が一瞬切れたようです。

2回目は叔父。
生前、チューブだらけの昏睡状態で苦しむ母に対して叔父が泣きながら「お前はもう死ねや」と言ったそうなんです。
「十分がんばった。えらかった」と。

その翌日、母は息を引き取ったのですが、叔父と母の絆を知る私にとりましては泣かずにはいられないのでした。
叔父が言った「お前はもう死ねや」は誰が何と言おうと最高の愛情でしょう。

そして3回目は葬儀が終わり母が家に帰ってきた時。
母は生前、「父(私にとっては祖父)が亡くなった時、蝶がやたら近くを飛んでいた。だから父は蝶になったんじゃないか」みたいな事をよく言っていたのですが、葬儀の行なわれた12月11日は12月だというのに非常に蒸し暑い日で、そのせいか自宅で母の遺影と私の周りを季節外れの「ハエ」がブンブン飛び回っていました。

で、帰りの車中、妻に「祖父は蝶になって現れるみたいだけど、母さんはどうやらハエになったみたい。でも何でよりによってハエなんだろね~」と冗談を言おうと思ったら何だが涙が止まらなくなってしまいました。

泣いてしまうので冗談は言葉にならず、車の中で泣き続けてしまうのでした。
母は楽しい事、笑える事が大好きでしたから、こんな時こそ「母はハエになったかもしれない話」で笑いのひとつも取りたかったのですが、ダメでした。

私が今後どのような人生を過ごすのかは分かりませんが、命ある私は精一杯人生を楽しんで、家族や友人を大事にしようと思います。

さあ!そのような訳で今日からまたよろしくお願いいたします!!

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本日からまたよろしくお願いします! 2015/12/12

こんにちは!関口です。
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数年間毎日更新してきたブログが急に途絶えたので、もしかしたらご心配をお掛けしてしまったかもしれませんが、安心してください。
私は元気ですよ。

実は今月7日の月曜に母が亡くなりまして、そのために急遽実家に帰省することになりました。

母は数年前からガンを患っており、その治療のため入退院を繰り返しておりましたが、ガン細胞の転移や進行は恐ろしいスピードで母の生命を削り取っていきました。

母は最後の数週間何も食べられず、何も飲めずで点滴だけで生きているような状態でした。
正直なところ「このまま苦しみながら生きるのならいっその事…」と思いました。

最後の瞬間は叔父が看取ってくれました。

私の叔父…つまり母の兄と母は小さな頃からお互いに助け合って生きてきたそうで、母が入院してからというもの、叔父は常に泣き笑いのような顔をしていました。

そんな叔父ですから、通夜の席でも葬儀の場でも目を真っ赤にして泣くのでした。

一方で私は最後まで涙一つも流れず、我ながら冷たいもんだと思いましたが、突然涙腺が崩壊する瞬間が3回だけありました。
1回目は妻のお姉さん。

母とは友達のように付き合ってくれて、私自身も本当の姉のように仲良くさせてもらっているのですが、そのお姉さんが通夜に着くなり既に大泣きしており、それを見た瞬間何故か私も泣いてしまいました。お姉さんと会ったら安心して緊張の糸が一瞬切れたようです。

2回目は叔父。
生前、チューブだらけの昏睡状態で苦しむ母に対して叔父が泣きながら「お前はもう死ねや」と言ったそうなんです。
「十分がんばった。えらかった」と。

その翌日、母は息を引き取ったのですが、叔父と母の絆を知る私にとりましては泣かずにはいられないのでした。
叔父が言った「お前はもう死ねや」は誰が何と言おうと最高の愛情でしょう。

そして3回目は葬儀が終わり母が家に帰ってきた時。
母は生前、「父(私にとっては祖父)が亡くなった時、蝶がやたら近くを飛んでいた。だから父は蝶になったんじゃないか」みたいな事をよく言っていたのですが、葬儀の行なわれた12月11日は12月だというのに非常に蒸し暑い日で、そのせいか自宅で母の遺影と私の周りを季節外れの「ハエ」がブンブン飛び回っていました。

で、帰りの車中、妻に「祖父は蝶になって現れるみたいだけど、母さんはどうやらハエになったみたい。でも何でよりによってハエなんだろね~」と冗談を言おうと思ったら何だが涙が止まらなくなってしまいました。

泣いてしまうので冗談は言葉にならず、車の中で泣き続けてしまうのでした。
母は楽しい事、笑える事が大好きでしたから、こんな時こそ「母はハエになったかもしれない話」で笑いのひとつも取りたかったのですが、ダメでした。

私が今後どのような人生を過ごすのかは分かりませんが、命ある私は精一杯人生を楽しんで、家族や友人を大事にしようと思います。

さあ!そのような訳で今日からまたよろしくお願いいたします!!